岩澤哲野のリビドーな話 vol.1

〈沖縄〉と「青い鳥」


「岩澤哲野のリビドーな話」と題して、岩澤がその時感じている〈リビドー〉を不定期に書き起こす企画を始めます!(ただの雑記です)

第1回目となる今回は、先日終えばかりのツアー本公演一発目、『libido:青い鳥』の沖縄公演の振り返り的なことを書いています。次回の東京公演や茨城公演にも繋がる話にもなっているかと。ぜひ最後までお読みください。




今回「なぜ沖縄なのか」ということをよく聞かれるので、これまでのことも振り返りながら、改めてここに僕の考えを記しておこうと思う。



・なぜ沖縄で「青い鳥」を立ち上げたのか

ちょうど今から1年半ぐらい前、次に何をやろうかと考えていた頃、沖縄では当時県知事だった翁長雄志氏が亡くなった。そこから加速するように基地の移設問題が熱を帯び、後任で現職の玉城デニー氏が当選。そこに様々な熱気を感じていた。当時は連日〈沖縄〉についての報道が続いていたように思う。元SEALDsのメンバーでもあった元山仁士郎さんが代表を務めていた『「辺野古」県民投票の会』の活動などにも惹かれるものがあった。

そんな一連の沖縄を見ていて、「沖縄の人たちはなぜこんなにも必死に〈幸福〉を求められるのだろう。」と思ったのだ。

沖縄に限ったことではないが、近いようで距離があるからこそだったのか、そこにある「純粋」な気持ちに強く惹かれると同時に、僕の求める〈幸福〉のあり方がここにはあるのかもしれないと思ったのだ。


ちょうど利賀演劇人コンクール2017で上演した『青い鳥』をどこかで再演したい思いがありつつも、我々が改めて「〈幸福〉を問える場所」というのがどこなのか分からずにいた中での出会いでもあった。


利賀演劇人コンクール2017での「青い鳥」

『青い鳥』は貧しい兄妹が〈幸福〉の象徴である〈青い鳥〉を見つけるため、夢の中で様々な国を旅する物語だ。我々は今、どこに〈幸福〉を見出すことができるのか。又は何を失ってしまったのか。それはどこにあるのか。まさに、旅するべき場所を求めていたのだ。


人間関係の中にその答えがあるであろうと思っていた僕にとっては〈沖縄〉という場所に旅することで見出せる〈幸福〉の在り処を期待したのだと思う。


これが、僕が沖縄で『青い鳥』をやろうと思った最初のキッカケである。



・7月のフィールドワーク

その後、無事にアトリエ銘苅ベースでの公演が決まったわけだが、創作に入る前に一度沖縄を近くで見ておきたいと思い、今年の7月9日から2泊3日でメンバーの3人(1人はスケジュール合わず)と一緒に沖縄に行った。3日間でかなり色々な所に行ったが、特に僕の中で強く印象に残ったのが神の島と呼ばれる〈久高島〉だった。


久高島の小さな拝所(御嶽)

琉球の創世神アマミキヨが天からこの島に降りてきて国づくりを始めたという、琉球神話聖地の島である。琉球王朝時代に沖縄本島最高の聖地とされた斎場御嶽(セイファウタキ)は、この久高島に巡礼する国王が立ち寄った御嶽*であり、久高島からの霊力を最も集める場所と考えられていたそうだ。

また、久高島は海の彼方の異界ニライカナイ*につながる聖地であり、穀物がニライカナイからもたらされたともいわれている。

ちなみに我々が今回のフライヤーで使った表の写真の被写体は、この久高島で出会ったガジュマル*である。


久高島で一番大きなガジュマル

〈久高島〉に出会ったことがキッカケで、沖縄の〈信仰〉というものに興味を持つようになった。話を聞いたり、調べていくと、沖縄の信仰には「自然崇拝」「祖先崇拝」「おなり神信仰*」というものがあることがわかった。

これらはどれも『青い鳥』の世界に通じているように思った。「自然崇拝」は人間以外の木々や動物などの登場に、「祖先崇拝」は死者やまだ生まれていない子供たちの世界に、「おなり神信仰」はまさにチルチルとミチルの関係に見ることができた。


斎場御嶽

琉球の宗教は、個人的な幸福を祈願するのではなく、社会及びそれを支える生活や生産について祈願し祝福するもので、社会が平和になれば個人は幸福になれると考えていたのだと言う。

この考えがまず真っ先に僕の考える「青い鳥」とリンクした。また、以上の信仰の考え方や沖縄に住む人々の生活の感覚を持って「青い鳥」を読んでいくと、これまで実感の湧かなかったいくつかの場面がすんなりと馴染む感じもあった。


僕は特に『青い鳥』の中で〈ミチル〉の存在が気になっていた。兄チルチルと常に一緒にいるが、台詞はほぼない。僕にとっては兄がかなり横暴に見えてしまうのもあって(どうしてもチルチルが幸福を手にできるとは思えなかった)、その姿を見続けているミチルから救いを見出したかったのだ。

それを見出すために、この沖縄信仰の考え方はかなり僕に大きなキッカケを与えてくれたと思う。


久高島の浜辺
久高島の森の中

*御嶽…沖縄で神を祀る聖所のこと。

*ニライカナイ…沖縄地方で海のかなた海底にあると信じられる理想郷の名称。

*ガジュマル…亜熱帯から熱帯地方にかけて生息する樹木。沖縄では漁や作業を手伝ったりと人間と共存してきた伝説の精霊「キジムナー」が宿るともいわれ、「幸せを呼び込む木」と呼ばている。

*おなり神信仰...妹が兄を霊的に守護すると考え、妹の霊力を信仰する沖縄地方の信仰。


★〈久高島〉以外に見てきた場所・出会った人★

久高島以外にも様々な場所や人を訪ねた。その1つ1つが印象的だった。

全てを書こうとすると膨大になってしまうので、ここではその地や人を列挙しておく。


南部そば、ひめゆりの塔、沖縄県営平和記念公園、月光荘、りょう次(沖縄料理居酒屋)、りょう次のサトウさん、平岡あみさん、鳥井由美子さん(アトリエ銘苅ベース制作)

久高島のさばに(飲食店)、さばにのおばちゃん、ねこ、知念城跡、カフェくるくま(タイ料理屋さん)、栄町ボトルネック(居酒屋)、りっかりっか湯、つきのわ(居酒屋)

ON OFF YES NO(スムージー屋さん)、辺野古社交街、キャンプシュワブ、ゲート前抗議活動場所、金武町、キングタコス、UK BLANK COFFEE、アトリエ銘苅ベース、銘苅ベースの北住さん、古堅さん、安和さん



・私にとっての〈神〉

少し自分の話をしておくと、僕にとって神や信仰というものは悪だった。それはオウムの事件や、宗教上の理由によって友との関係を引き裂かれた経験や、今でも毎日のように家にやってくる宗教の勧誘などから感じてきた「他者を排除する」ようなイメージが根底に根付いてしまったからである。また、僕のおじいちゃんやおばあちゃんは僕が小さかった頃に亡くなっており、その思い出がほぼない。これも今になって思えば大きな理由にあるのかもしれない。

僕にとっての信仰というものはとても「幸福」とは結びつくものではなかったのだ。

しかし沖縄の信仰と生活に触れる中で、そこには嫌味の全くない当たり前のこととして信仰というものが人々の生活の中にあった。それは僕にとってとても豊かなものに感じられたのだった。



・沖縄でのクリエーション

我々は沖縄の小屋入り1週間前に現地入りし、計2週間(私は+3日)を沖縄で過ごした。

滞在期間中、稽古以外にも様々な場所に行った。

中高一貫校の演劇部へ出張ワークショップ、映像監督のこうへいくんとの出会い、銘苅ベースのイベント「シアターピクニック」への参加、沖縄のヒップホップライブ、離島フェア、瀬長島、58組踊りの観劇、取材で琉球新報社へ、わが街の小劇場とそこでの観劇、首里城、海中道路、宮城島、斎場御嶽など。


未知の世界に出会う事。この行為の中で様々な〈幸福〉の瞬間に出会えた気がしている。

創作という時間の中に、劇場に籠ってただ作品を作っているだけでは手にできない豊かな時間があったように思う。また、その環境を作れたことが作品に良い影響も与えてくれたと感じている。


創作環境という面でも、嫌なストレスなしに臨めたと思う。

我々アーティストにとって、〈場所〉というのはとても重要な要素だ。そしてそれは人それぞれにあると思う。自分にとって必要である〈場所〉を見つけていくこと。都市部のコミュニティが崩壊したことも大きいと思うが、今は人と同じ〈場所〉にいてもしょうがないとも思う。

そういう意味でも今回の〈場所〉は自分にとってとても価値のある〈場所〉であった。


美術の作業風景


・沖縄のお客さん

沖縄ではまだ現代演劇の文化が浸透していない。だからなかなか集客も難しい。

決して多い集客とは言えなかったが(それでも提携カンパニーの中では良い方だったようだ)、その中で僕が特に嬉しかったのは顔を合わせた人がちゃんと観に来てくれたことだ。銭湯で知り合ったおばあちゃん、バーの店主とママさん、WSで出会った中学生や劇場で出会った大学生、同世代の組踊の踊り手さん、などなど…全てではないが生活の中での出会いが一つ一つ繋がっていくことに感動した。それはとても原初的なことであり、初歩的なことなのかもしれなが、ある意味での整えられた環境の中ではなかなか感じることが難しくもなっていると思う。こういった体験ができたのも大きな収穫だった。


抜粋ではあるがお客さんのアンケートの感想も一部ここに記しておく。


・客席から見ているということを忘れるような作品だった。100年前の話とは思えない。

・心地よいような、苦しいような時間を過ごせました。(20代・女性・会社員)

・生まれてくる人たちのこと、人が死んだあとのこと、普遍的なことを改めて考えられる作品であることは間違いないと思います。(30代・女性・舞台制作者)

・小道具・空間の使い方に圧倒されました。(50代・男性・写真家)

・私が今まで見てきた劇の中で一番印象に残りました。(10代・女性・学生)

・かごの中の青い鳥は登場人物が作り出した幻想なのかもしれないと思った。(30代・男性・会社員)

・役者さんの表現の豊かさは物語に引っ張り込む力があり素敵でした。(20代・男性・学生)

・オリジナル色あふれる舞台で楽しかったです。(40代・女性・演出家)

・美術装置が丁寧で工夫されていて好感が持てました。(女性)

・良い時間を過ごすことができました。(40代・男性・会社員)

・誕生前、死地、いろいろ考えさせられました。(女性・教諭)

・すごいものを観たと思いました。(20代・男性・自営業)

・見えていると思うことは危ういと実感させられた。(50代・男性)

・世界が展開されていくシーンが強烈に印象に残った。(20代・男性)


沖縄の水平線


・今

沖縄公演を終えた今、神(的ななにか)を信じるようになった訳ではないが、現実に押しつぶされる今の世の中で、見えてるもの以外にも目を向ける事、又はその余裕を見出していく事が必要なのではないかと強く思うようになった。その結果として、ノイズの多い視界の中に自分にとってのクリアな見るべきものが現れるのではないかと思っている。


次はいよいよ東京である。3年ぶりの東京はやはり緊張するものがある。しかし、3年溜め込んだものをぶつけられることに楽しみも感じている。個人的にはこれが20代最後の大きな作品になるかもしれない。東京の大学で演劇を学び、それからも多くのことを学んできたこの地で、一つの集大成を示せればと思っている。


沖縄公演を終えて

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