千葉県松戸市を拠点として活動するlibido:。今回、松戸市が行う「松戸の作家の紹介講座」の一環として、松戸にゆかりのある画家、板倉鼎(かなえ)・須美子を題材とし、彼らの人生譚を繰り広げるリーディング公演を行います。
また、今回は同じく松戸に拠点を置く美術家、久芳真純さんともコラボレーションし、舞台を作り上げています。
開演まで4日。今回の公演への思いを、久芳さんと岩澤が語りました。
松戸のアーティストたちが、松戸の画家に焦点を当てる
まずは今回の公演のきっかけを教えてください。
岩澤(以下I):松戸市教育委員会の中に、美術館準備室という組織があります。そこで「松戸の作家の紹介講座」と題して、松戸の縁あるアーティストによる講座などを行っており、その一環としてお呼びいただいたことがきっかけですね。
今回のテーマである「板倉鼎と須美子」も、松戸と関連の深いアーティストですね。どうして2人をとりあげようと思ったのですか? I:鼎と須美子は、大正から昭和にかけて活躍した画家の夫婦です。元々、鼎の実家が松戸にあり、彼は少年期を松戸で過ごしました。その後須美子と結婚し、当時芸術家の聖地だったパリに留学して、高い評価を受けています。須美子も留学中に鼎の影響で絵を描き始め、彼女の作品も注目を浴びました。
この2人については、田中典子さんという学芸員の方が教えてくださいました。田中さんは、美術館準備室で長年鼎と須美子について研究をされ、とても思いを持って、その作品や生涯について伝える活動をされていらっしゃいます。田中さんの愛情や熱量の深さを感じて、今回鼎と須美子をテーマに作品を作りたいと思ったんです。
今回の公演のフライヤーには、鼎が描いた鼎と須美子の絵が用いられている
今回は、さらに他の松戸のアーティストとも一緒に作品を作っています。今回の美術を担当する美術家の久芳真純さんとは、どんな経緯で一緒にやることになったのでしょうか?
I:今回、まず最初に「松戸の人たちと一緒にやりたい」と思ったんです。
松戸という街で活動し、日々自分の表現活動をしている人たちと出会う中で、どうやったら一緒にものづくりができるのかということをずっと考えていて。今回は特に、鼎と須美子という画家がテーマであり、美術家として活動する久芳さんと一緒にやれる絶好の機会だなと思ってお声がけしました。
久芳さんはオファーを受けたとき、どう感じました?
久芳(以下K):元々友達だったこともあって、お互い「やっと一緒に何かできるね」という気持ちがあったと思います。でも最初はどう進んでいくのか全く予想がつかなくて。とにかく「板倉鼎と須美子」という存在を、今、自分たちが扱う意味をちゃんと提示できるようにしたいと思っていましたね。
苦しみを乗り越えた先で、新しく生まれるもののために
今回の作品は、鼎と須美子の書簡集をもとに作っているそうですね。
I:元々、手紙というものに興味があったんです。
演劇は、基本的には「観る人がいて成立するもの」だと考えています。なので僕は「伝える / 伝わる」ということを大切にしていて、手紙も演劇とその構造が一緒だなって思ったんです。手紙は伝えるための、すごく原初的なツールですよね。だから、手紙で演劇を作ることもできるんじゃないかなと思って。やってみたら、想像以上に大変なんですけどね。
初めて書簡集を読んだときはどう感じましたか? I:最初に鼎と須美子の絵を見せてもらったときに、その絵の作風が徐々に変化していくのが面白いと思ったんですね。2人の心情の変化みたいなものが垣間見える感じがして・・。
それから書簡集を読んでみたら、色々なものが繋がって見えてきたんです。両親や兄弟に宛てた手紙の随所に、生活や絵に対する考えが盛り込まれていて、やっぱり苦悩している。手紙によって、本人たちが様々な葛藤をしながら作品を生み出していたということが、すごくよくわかってきましたね。
「手紙」を題材にすることとともに、今回空間づくりについてもチャレンジをされていると思うのですが、どのように進められているのでしょうか。
K:現場で、皆と色々やりとりしながら作っている感じです。使えそうな小道具を持っていっては置いてみたり、役者さんも一緒に各々の感覚を言葉にして確かめ合ったり。
けれど元々、岩澤くんが舞台の見え方、絵的なものを大事にしながら作っていく演出家だということもあって、お互いが思い描く「景色」というのが、なかなか合致しなかったんですよね。なんかもう、喧嘩しそうになりながらやっています!
喧嘩しそうなんですね。(笑)
I:僕は演出家として、美術のことだけではなく、様々な要素を組み合わせながら、作品を完成させなくてはいけない。その中で、何を受け入れて何を捨てるのかということを、ものすごく悩みながらやってますね。
K:例えば、どの座席に座っているお客さんからも、同じように舞台全体が見えるようにするっていう話が出たりします。そういう「演劇をやっている人の中での暗黙知」、つまりルールのようなものが段々と見えてくると、自ずとそれに従うように物の配置や動きを考える必要が出てくる。
私の中にそういった、「一つの答えになっているようなこと」に対して問い続けたいという気持ちがあるんです。例えば、お客さんに「これは何ですか?」と聞かれて、こちらが説明をしたら、お客さんはその1つの「答え」に満足するかもしれないけど、それ以外を考えなくなってしまいますよね。
もちろん岩澤くんがやりたいことや守りたいことも理解したいけれど、演出家が否定しないような提案を目指してしまったらそれは違うし、岩澤くんも望んでいないと思っていて。そもそも、一緒にやる意味もなくなってしまいますよね。
だから私たちはものすごく会話をしているし、そういった行為に光をみているという感じがしています。
2人のやりとりも見せてもらったのですが、お互いが大事にしたいことを軸にしながら、対話を丁寧に重ねている様子が印象的でした。 難しさを感じながら、でも一緒にやり続けようとする理由は何なのでしょうか。
I:普段とは違う提案や思考性が出てくることかなと思いますね。受け入れることができなかった提案や考えも含めて、新しいものが生み出されるきっかけが確実にある。
観客に見せる前のこうした創作の過程が、最終的な作品のあり方にダイレクトに繋がってくるので、久芳さんが入ったことで、作品に対して美術だけではない大きな影響を得ているという感覚がありますね。
K:私はもう、自分が作家だからっていうことだけだと思います。どうやろうと、誰とやろうと、制作は苦しみを伴うもの。今回が特別に大変だというわけでなく、普段の制作と同じように、今回も自分なりの制作をしていると感じていますね。
何か新しいものを生み出す過程には、必ず苦しみがあって、乗り越えた先に生まれるもののために、一緒にやっている。
I:あと僕は、今回久芳さんとやる中で、自分が「こうじゃなきゃいけない」ということにかなりこだわるんだなということを自覚しましたね・・。もちろんそれは自分なりに理由があるからなんですが、今それをどこまで広げつつまとめるかが苦しい・・。(笑)
K:おっしゃる通り!私今、それを聞いただけでも「今回一緒にやってよかった」って思ってます。(笑)
鼎と須美子の存在を、次の人たちに伝えていきたい
今回の協働は、演劇と美術という異分野が出会うことで生まれる可能性にも繋がるのではないかと感じます。 I:演劇自体、元々異分野との協働は行われてきたけれど、今は色々な形のパフォーミングアーツが出てきて、特に「演劇」という分野自体の融解が加速している感じがします。自分たちもそこに乗れないと、これからの時代を生き残ることはできないと思うので、異分野に広がっていくことは必須だと思っていますね。
そうやって広がった先に、新しい表現方法や、新しい”アート”と呼ばれるようなものが生まれるんじゃないかなと。 K:今回の創作を通じて、演劇は様々な人が関わり、社会的な構図のもとに作品が作られていることを感じたんですね。美術の世界でもアートグループは存在しますが、演劇界ほどの明確な役割分担はないと思います。こうした「集団」としてのやり方を、私はもっと知ることができたらいいんじゃないかと思いますね。「社会を知りましょう」って自分に言っている感じかな。
それは「他者とのコミュニケーション」を知るということ?
K:コミュニケーション自体は個人同士でもできるけど、誰かが先頭に立って指揮をとることにリスペクトをもったり、逆に信頼があるからこそ反論したり、それぞれの人の立場を尊重したコミュニケーションは集団の中でなければできないし、一緒に作品をつくるからこそ、本気で向き合えると思うんですね。
特に私は最近、「社会の中で、どう作家として存在できるのか」というテーマを持っていて、そうすると社会というものを知らなければならない。自分の弱い所が見えて嫌だなとも思うのですが、今の私にとってはすごく必要な経験だと感じています。
今回、鼎と須美子というテーマと演劇が出会うということも、演劇と美術のコラボレーションなんじゃないかと個人的に感じていて。
創作を進めていく中で、二人にとって鼎と須美子はどんな存在になっているのでしょうか。
I:鼎と須美子が生きた時代は現代の日本とは違い、渡航も芸術で食べていくことも、生きるか死ぬかという感覚があった時代です。だからこそ、2人とも「自分にしか作れないもの」をストイックに追い求めていた。時代背景は異なるけれど、その気持ちにはすごく共感しています。
あと実は、僕が今回1番興味を持っているのは須美子なんです。須美子の自由で縛られない発想やフェミニスト的な思考は、自分も含めて、今を生きている人に通じるものがあると感じています。 でも、そういう人が既に100年前に存在していたということに対して、「これだけ時間が経っても日本社会は変わっていない」という、ある意味絶望のような気持ちもあって。須美子へのリスペクトとともに、変化を促したい気持ちがありますね。「もうそろそろ変わろうよ」というか。
K:私は、2人の存在が「美術が人にとって必要かどうか」っていうことへの答えじゃないかと思っています。美術って大事だよねって、大事にして良いものだよねっていうことを、2人の手紙を読んで改めて感じました。
最後に、この作品をどんなものにしていきたいか教えてもらえますか。
I:今回は鼎と須美子の手紙が題材ですが、2人が1番大切にしているものは、やっぱり彼らが描いた作品、絵なんです。この公演を見た後に彼らの絵を見たり、意識を向けてもらえるような、彼らの作品に繋がるものを作ることが、今回の1つの使命だと思っています。
K:鼎と須美子が一生をかけたことに恥じないように、私たちもこの作品を作っていきたいです。
それから、今回私たちが取り組むきっかけをくれた学芸員の田中さんのように、「板倉鼎と須美子」という存在を伝えようとしてきた人たちがいる。今回、私たちが作品として世に出すことによって、彼らのバトンを受け取って、次の人たちに渡していきたいです。それが、これまで繋いできてくれた人たちにも伝わったら良いなって思いますね。今の私たちに、ちゃんと届いていますよって。
リーディング公演「libido: 板倉鼎/須美子」は、9/24,25に森のホールにて上演されます。
また、同時開催として鼎と須美子の絵を直接見ることができる「松戸のたからもの 松戸市の美術コレクション」も松戸市立博物館にて開催中。公演を見る前に、見た後に、ぜひ鼎と須美子の絵をご覧になってみてくださいね。
(文章、写真:原田恵)
松戸のたからもの 松戸市の美術コレクション 関連イベント
「libido: 板倉鼎 / 須美子」
公演日程|2022年9月24日(土)12:00/17:00
25日(日)12:00/17:00
〒270-2252 千葉県松戸市千駄堀646番地の4
料金|無料 ご予約はこちらから(会員登録不要!)
原案| 「板倉鼎・須美子書簡集」
(川崎キヌ子監修、田中典子編集、2020年松戸市教育委員会発行)
演出|岩澤哲野
出演|石原朋香 松﨑義邦(東京デスロック)
ドラマトゥルク|緒方壮哉
空間美術|久芳真純
制作|大蔵麻月
協力|東京デスロック、せんぱく工舎、omusibi不動産、八澤季実、板垣大地
主催|松戸市教育委員会
後援|JOBANアートライン協議会
助成|自治総合センター、公益財団法人朝日新聞文化財団
◉展覧会情報
松戸のたからもの 松戸市の美術コレクション(板倉鼎・須美子の作品を公開!)
会期:2022年9月23日(金・祝) ~ 11月6日(日)
開館時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
松戸市立博物館企画展示室
休館日:毎週月曜日(10月10日は開館し、11日休館)、10月28日(金)
観覧料 :一般310円
お問い合わせ先
松戸市教育委員会文化財保存活用課
TEL 047-382-5570(平日8:30~17:00)
FAX 047-384-8194
E-mail mcbunkazai@city.matsudo.chiba.jp
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